内側の風景
2006年8月21日自分以外の何もかもが、薄っぺらに感じて
しょうがない時がある。
分かり合えることなんてありはしない。
そんなふうに感じる日は、いつもの何倍も
疲れてしまう。
体が重くてたまらない。
それならいっそ、投げ出してしまえば良い。
自分の思うように、自分のしたいようにやれば良い。
そう思い切れるならば、どんなにさっぱりと
するだろう。
でもそれができないのは。
やはり寂しいからだ。
煩わしいと言うその後ろで、
さみしいさみしいと呟く自分がいるからだ。
誰かがいてくれなければ生きてはいけないくせに、
誰も彼もに囲まれると何ともいえぬ圧迫感を感じてしまう。
なんて我侭な人間なんだろう。
いつまでたっても直らない。
結局は甘えているのだ。
自分で自分に吐き気がする。
こんなにも醜い自分の内側。
知りたくもないのに、どうして見てしまうのだろう。
吐く息にまでも自分のおぞましさが滲み出てくるようで、
呼吸さえもできなくなりそうだ。
これ以上は見たくない。
これ以上見てしまったら、もうどうして良いか
分からなくなってしまう。
自分の体の中を、きれいで良い匂いのする
ものだけで満たしてしまえたら。
そうならどんなにかいいだろう。
こんなにも汚れているのだ、私という人間は。
しょうがない時がある。
分かり合えることなんてありはしない。
そんなふうに感じる日は、いつもの何倍も
疲れてしまう。
体が重くてたまらない。
それならいっそ、投げ出してしまえば良い。
自分の思うように、自分のしたいようにやれば良い。
そう思い切れるならば、どんなにさっぱりと
するだろう。
でもそれができないのは。
やはり寂しいからだ。
煩わしいと言うその後ろで、
さみしいさみしいと呟く自分がいるからだ。
誰かがいてくれなければ生きてはいけないくせに、
誰も彼もに囲まれると何ともいえぬ圧迫感を感じてしまう。
なんて我侭な人間なんだろう。
いつまでたっても直らない。
結局は甘えているのだ。
自分で自分に吐き気がする。
こんなにも醜い自分の内側。
知りたくもないのに、どうして見てしまうのだろう。
吐く息にまでも自分のおぞましさが滲み出てくるようで、
呼吸さえもできなくなりそうだ。
これ以上は見たくない。
これ以上見てしまったら、もうどうして良いか
分からなくなってしまう。
自分の体の中を、きれいで良い匂いのする
ものだけで満たしてしまえたら。
そうならどんなにかいいだろう。
こんなにも汚れているのだ、私という人間は。
コメント